“飯でも行くか?”という問いかけに“うん”と言って応じたのを、佐伯は決して忘れていなかった。

お伺いを立てるメッセージが携帯に届いたのは3日前のことである。それからの私は何だかそわそわしっぱなしで、鈍い亜由にまで「どうかしたの?」と心配される始末。

(食事に行くだけ……なんだから……)

そう自分に言い聞かせるのは何回目になるだろう。

愚かな自分の思考回路にハッと気がついて、自嘲ともに即座に否定する。

(ないない!!だって相手は佐伯だもん!!)

これではまるで食事のその先にある甘い展開を期待しているようではないか。

あろうことか佐伯に対してこんな感情を抱くなんて世も末である。

……男性を遠ざけすぎて、頭がおかしくなりかけているのだろうか?

佐伯はこと女性に関してはペラペラと舌の回る、調子の良い男だ。

そんな男と自ら進んでどうにかなりたいなんて私が思うはずがない。見た目だけの薄っぺらい男にはもう懲り懲りしている。

身体の関係だけの都合の良い女になりたくもないし、黙って泣き寝入りなんてもってのほかだ。

そんなとりとめのないことをぼんやり考えながら歩いているから、赤信号にもかかわらず横断歩道に足を踏み入れることになったのである。