「な、ないわよ……?!」

二重の意味でドキドキする心臓を落ち着かせるように、暴れたせいでバレッタからほつれた髪を耳にかける。

……どうかバレませんように。

祈るようにぎゅうっと目を瞑っていると、またしても耳元で囁かれる。

「佐藤さんは……嘘が下手だね」

鈴木くんはそう言うと私の身体を閉じ込めるように本棚にトンと両手をついた。

「正直に言わないと、このまま帰さないよ?」

「え、ちょっと待って!!ここ会社……」

「こっそり逢引なんてオフィスラブみたいだよね」

黒い笑みを浮かべる鈴木くんは、怒っているようにも見えてとてつもなく恐ろしかった。

声も出せず固まっていると髪を一束掬い取られキスを贈られる。それでもなお、沈黙を貫ぬけば、鈴木くんの形の良い唇が楽しそうに歪む。

「どうしたの?黙っているならキスしちゃうよ?それとも、その先までする?」

「っ!!ダメ----っ!!」

”キス”という単語を聞くなり私は鈴木くんを思い切り突き飛ばした。その他にも物騒なことを言われたような気もするが、気にしてはいられない。

「っ……!!」

突き飛ばされた衝撃で鈴木くんが背中を強か打ち付けた本棚から、冊子やファイルが床にバラバラと落ちていく。

「ご、ごめんなさいっ!!」

私は頼まれていた資料探しも、片付けも放棄してその場から急いで逃げ出した。

最後に見た鈴木くんは明らかに傷ついた様子で、頼りなさげに本棚にもたれかかっていたのだった。