「送ってくれてありがと。ここでいいわ」

正直に楽しかったとは言えない食事を終えると、佐伯は私を一人暮らしのアパートの近くまで送ってくれた。

「そこは“お礼にコーヒーでもいかが?”じゃないのか?」

「狼を自分の家に招き入れるような真似はしないの」

「本当に可愛げのない女だな、渡辺は」

「うるさい」

いつも通りの憎まれ口の応酬に少し安心する。やはり、私達は喧嘩仲間という関係性が似合っている。

しかし、今日ばかりは聞かずにいられなかった。

「どうして私を食事に誘ったの?」

亜由を差し向けて逃げられないようにしておいたくせに、何も目的がないなんて言わせない。

佐伯は口の端を上げて笑うと、昼間のように私の顎を掬い上げ唇を撫でた。

「どうせ、お前の口紅を剥ぎ取る男は俺だけなんだ。いちいち変えるなよ」

人気のない路地裏で噛みつくようなキスが何度も降ってくる。

「じゃーな」

佐伯は己の唇についたスウィートローズを拭うと、完全に腰砕けになった私を残して帰っていった。

「何よ……それ……」

素直になれないのは私なのか、あいつなのか。

スウィートローズのルージュは何も教えてくれなかった。