「あれ?椿、口紅変えたの?」

ランチタイム後、揃って化粧室に入り、化粧を直していた亜由は私が化粧ポーチから取り出した口紅を見て、意外そうに声を上げた。

「あ……うん」

亜由は知らない。

……あいつに心乱されたのが癪で口紅の色を変えたことを。

「前のも良かったけど、今の色も似合ってる。いいなあ。椿はルージュが似合って」

「そう?ありがと」

やや黄色みがかった赤色のスカーレットから、若々しさを取り入れたピンク色のローズへ。

鏡の前に唇を突き出して、食事によって剥がれかかったルージュを引き直す。

新しいスウィートローズが厚めの唇に良く映える。

「先行くね」

「うん」

一足先にメイク直しを終えた亜由が化粧室から出て行くと、洗面台に手をついてはあっとため息を漏らす。

(亜由に指摘されたぐらいで動揺してどうするのよ……)

この調子ではあいつのことを忘れることなど、到底不可能だ。

何事もなかったかのように振る舞うことが今の私には多分一番難しい。