梅雨が始まり、外に出にくくなった。
それでも晴れた日はまだ遊びに出ていた。
そんな中、夜の街にいつもいたのは恭ちゃんだった。
恭ちゃんは女の子なら誰もが憧れる顔立ち。
気がきくタイプで優しかった。
でも私のタイプではなかったし、興味もなかった。
知っている事はみんなから『恭ちゃん』と呼ばれていた事と、私が『お疲れ』と言うと『疲れてないよ〜』と返してくる事くらいだった。







今日は週末。今年は雨が多い梅雨だが珍しく晴れていた。
雑居ビルの地下のクラブ。
続く階段にはポスターやシールがぐちゃぐちゃに貼られている。






ドアを開けると今日もやっぱり恭ちゃんがいた。
早い時間だから人もまばらだ。
カウンターに座り、恭ちゃんと話す。
別に珍しい事じゃない。


『お疲れ』と言うとまた『疲れてないよ〜』と笑った。
私はふーんとだけ言うと目をそらした。
これも珍しい事じゃない。別に話す事もないし、話したい事もない。





すると恭ちゃんが
『この近くにもうひとつクラブあるんだけど、行かない?』
と言い出した。



はっきり言ってどうでも良かった。
でも初めての誘いを断るのも感じが悪い。
『いいよ』と言うと恭ちゃんはまた笑っていた。



きちんと見る恭ちゃんは、みんなが憧れる事を納得させた。



歩いて5分ほどのところに恭ちゃんが行きたいと言ったクラブがあった。
たった5分だったけど、今までよりもずっと距離が縮まったように思った。
車道側を歩く私の腕をサッと引く恭ちゃん。


(慣れてるな…)


とっさに思った正直な気持ちだ。





恭ちゃんはよく話す人だった。そして夜の街を歩けばいたる所に知り合いがいて、挨拶を交わしていた。



恭ちゃんが行きたいと言ったクラブはビルの7階にあった。
さっきのクラブとは違い、窓からは夜景が見えた。
クラブとゆうよりバーと言った方が似合う店だ。


恭ちゃんは顔が広い。
代わる代わる入ってくる人をみんな紹介してくれた。
私は笑顔で答えたが、名前を覚える気などなかった。






深夜をまわった。ピークタイムだ。




恭ちゃんが紹介してくれた一人が
『外にいかない??』
と誘って来た。




『え、やだよ。無理』
と冷たくあしらうも
『いいじゃん〜行こうよ〜』
としつこい。


(いい加減にしてよ)


と思い始めたその時、恭ちゃんが

『俺のツレなんだよね〜』
と私の肩を引き寄せた。




一瞬の出来事で、ドキっとした。





男は『まじ?ごめ〜ん』と軽く交わし、見えなくなった。






恭ちゃんの腕が離れたが、お礼は言わなかった。



『私そろそろ帰るわ。』
そう言うと
『了解〜!今日はありがとう〜!』
とまた笑った。



エレベーターまで下へ行き、帰ろうと街を眺めていた。
私、何やってんだろ…


その時、突然恭ちゃんが階段から顔を出した。息が切れている。










『番号教えて』









それは夏の始まり。
たまたま雨が降らなかった梅雨の日だ。