通勤ラッシュだ。
隣の人の傘が私のストッキングを濡らす。
だけど謝らない。


『お互い様』だから。
気付かないうちに私も彼女のストッキングを濡らしていた。










恭ちゃんは私を追いかけてきた。





『待って』


窓越しに走る恭ちゃんが見える。


私はタクシーに飛び乗った。










恭ちゃんとはもう連絡を取っていない。
何度も何度も着信があった。
メールだって何通もきていた。

ただ、どれも返していなかった。
返せなかった。
恭ちゃんを責めてしまいそうだった。





だけど、分かっていた。

私は毎日忙しかった。
恭ちゃんとも会えなかった。

もしかしたら恭ちゃんは寂しかったのかもしれない。



お互い様だ。
だけど、私は自分の罪を隠した。



いつだって笑っていた。
いつだって私を探してくれた。
いつだって優しかった。

いつだって私はそれに甘えていた。









『いた!』










恭ちゃんは笑っていなかった。
『話せる?』


話すしかなかった。





クラブから近い公園で話したのは私だった。



『恭ちゃん、今日までごめんなさい。』


『うん。キツかった…』
恭ちゃんは笑った。
それから恭ちゃんが続けた。


『あの子は本当に何でもないんだ。たまたまそこにいただけ。本当に何でもない。だから追いかけたんだけど…』

恭ちゃんの瞳がまっすぐ私を捉えた。
恭ちゃんの瞳にうつる自分が恥ずかしかった。





お互い様じゃない。
罪を隠した私の責任だった。







だけど、社会に出た私と大学生の恭ちゃんとは壁が大きかった。
それは隠せない。
お互い気付いていた。
だけど、口に出せばもう終わってしまいそうだった。



だけど離れたくなかった。
一緒にいたかった。



『別れたくない』











そう言ったのは涙で瞳が輝いた恭ちゃんだった。
恭ちゃんと出会って1年が経っていた。