【短編】お前、奪うから。



言い返す言葉が見つからなくて、下を向いたままのあたしに朔がフッと笑みをこぼす。


「……俺……お前、奪うから」


朔の低くて、冷たくて……でも少しだけ優しく聞こえたその声が胸のあたりに痛みを与える。


「……おとなしく待ってろよ。……まぁ、でもその前に結衣のほうが、俺に構いたくて我慢できなくなっちゃうんじゃね?」


そうイジワルに笑いながら、あたしの頭をポンポン撫でる朔を、あたしはキリッと見上げる。


「……そんなこと……あるわけないじゃん」


そう言ってやると、朔はフッと笑って「……生意気」と呟いて、あたしの頭をクシャクシャ触ると、ゆっくりとその場を去っていく。



わがままで、自分勝手で、口も態度も悪い。



「……朔なんか……嫌い……」



なんとなく空に吐き出したその言葉は、いとも簡単に風がさらって消し去ってしまう。



生意気で優しい風に、

気持ちまで奪われてしまいそうだった。



いや……

もう、奪われたのかもしれない。




今のあたしの頭の中は、
朔でいっぱいになっていた。




だから、ムカつく。


だから、生意気。


だからーー……



ちっとも、嫌いになんてなれないんだ。








『【短編】お前、奪うから。』
*end.*


2014.9.23 椎名 ゆず。