ちょっと長めのこげ茶色の柔らかそうな髪に、真っ直ぐな眉毛、それから一重の瞳。口も鼻も小さくて、綺麗な顔だと思ったけれど、かなり無表情だった。彼は興味なさそうに私の部屋を見回してから、ベッドにもたれて座り込んだのだ。

『人生って、不満の連続なんですね、先生』

 そう私が言ったら、彼はひとつ欠伸をしてうーんと体を伸ばしてから言ったのだ。そうだね、って。

『戦おうとか、受け入れようとか考えたら、人生って面倒くさいし複雑なんだよ。流れていけばいいんだと思ってる。目は開けたままで、流れに身を任せるんだよ』

 本当はちっとも判らなかったけれど、その時の私は判ったふりをした。

 拓さんは不思議な人で、勉強を教えにきても寝てしまうことの方が多かった。聞けば判りやすい回答や解説をくれたけれど、基本的にはずっと寝ていた。彼がベッドを占領してねてしまうので、仕方なく私は放置されたプリントを片付けだしたのだ。

 沈黙が嫌じゃなかった。

 妙に落ち着いて、他にやることのなかった私は勉強をしていた。

 だから成績が上がってしまって、両親は喜んだし、拓さんも褒められたらしい。

『ボーナス貰っちゃったよ、リリーのお陰だね』

 そう言って1万円札をヒラヒラさせながら、彼がある時言ったのだ。

『二人で使おうか』

 って。

 いいの。私は首を振った。先生が、一人で使って。好きなことをしたらいいのに、って。すると彼はぽりぽりと指で頭をかいて、私に聞いたのだ。

 じゃあリリーは、何かして欲しいこと、ある?

 言ってみて。俺で出来ることなら、やるよ。

 その頃の私は、興味があることが一つだけ、あったのだ。

 だから、お願いした。

 先生、ねえ、キスを、してみたいの―――――――――