お会計を済ませて外に出ると、湿った風が頬をなぜた。
見上げると、どんよりとした大きな雲が空を覆っている。
夜空の濃紺は黒い雲の隙間から見える程度で、鼻腔を掠めるのはしっとりとした雨の匂い。
「うわ、降りそうだな」
わたしの後にお店から出てきた桐原くんが憂鬱そうに言った。
「今日傘持ってきてないんだけど」
「えー? 天気予報、夜から雨になってたのに」
駅に向かって歩き出した桐原くんの呟きに、鞄の中に折りたたみ傘を忍ばせているわたしは、笑いながら言葉を返す。
最近雨の日が多いから、天気予報はどうであれ、鞄の中の傘は入れっぱなしだ。
「その口振り、花南は折りたたみを持ってるな。降ってきたらよろしく」
「えっ、わたしは入れてあげないよ?」
桐原くんの言葉に驚いたような表情を作ってそう返すと、マジか、と笑われた。
「離れている間に冷たいヤツになっちまったんだな。俺は悲しい」
「残念だったねぇ」
なんて、軽口を交わしている間に駅が見えてきた。
わたしは徒歩で帰るけれど、桐原くんは電車らしいので、駅に着く手前で別れることになる。
わたしが住むアパートは、駅からはそこそこ距離はあれど歩けないわけではないし、なにより職場に徒歩で通える距離なので、通勤はとても楽。
大きな飲み屋街はないけれど、仕事終わりに食べたり飲んだりする程度なら困らない数の飲食店もあるし、なかなか勝手のいい街だ。


