「…達城にはわからないと思う」
礼は大きな丸い目を更に大きくした。
教室は、依然ざわついている。
初夏の午前の風が、開け放たれた窓から吹き込んで来る。
「んー、わかんないから訊いたんだけど」
それはそうだろうな、と誠司は思った。
でなければ訊かない。
「達城にはわからないっていうか…誰にもわからないと思う。わからないようにしてたつもりだし」
「いや、わかるよ。」
礼は即答した。
陽射しが眩しい。
誰かがカーテンを引く、シャッという音が聞こえた。
「ずっと見てんじゃん。そうじゃなきゃしないっしょ、そんなの」
そうじゃなきゃ、のぼかされた部分を予測して、誠司の体温は上がる。
「…そんなに、見てる?」
「見てるね」
「バレバレなんだ」
「んー……、少なくとも、俺には」
少なくとも、という事は、他のクラスメイトには気付かれていないのだろうか。
ほんの少しだけ、ホッとする。
「どの辺が…」
呟いて、考えた。
カーテンの裾が風を受けて窓枠に引っ掛かり、まるく膨らんだ。
窓際の、誠司と礼の席がすっぽりと包まれる。
「うん、どの辺が?」
風が心地良い。
誠司はゆっくりと口を開いた。
「ごめん」
「何が」
「やっぱり言えない」
「どうして」
一言だけのやり取りは、教室の喧騒の中にあって異質なものだった。
女子生徒の甲高い笑い声が聞こえる。
「知られたくない」
「だからどうして」
「知られたら、敵が増える」
誠司は礼を真っ直ぐに見た。
予想外の返答に、礼は言葉を選べない。
「敵って、俺?」
「さあね」
「怖いんだ?」
「何がだよ」
誠司が抽象的な事を問うのが、礼にはたまらなく面白かった。
「他の誰かが知ったら一発なくらいなんだろ。」
「……さあね」
「喋んないからとか、大人しいからとか、そういうんじゃないな。精神年齢って」
「何が言いたいのか解んないね」
礼を見据える誠司の目は、普段からは想像もつかない程ぎらついている。
怒らせてしまったら、一番興味深いところが聞けなくなると思いながらも、礼は言った。
「ガキだなってこと」
