「武藤ってさ、字ぃ上手くない?」
三限の終了を告げるチャイムが鳴って、唐突に話し掛けられた。
誠司はただ、与えられた問いに答える。
「そうでもないと思うけど」
謙遜なのか、どうでもいいのかわからない、素っ気ない返事になる。
短所だという自覚があっても、なかなか直らない。
直る程、人と喋らないからだ。
「いやいやいや、上手いって。俺なんかこんなだし」
食い下がらない礼は、現国のノートを誠司に広げて見せた。
確かに、汚い。
これに比べたら、自分の字はそれは綺麗だ。
幼い頃、母と祖母にビシバシと書き取りをさせられた事を、誠司は思い出す。
「読めなくはない…、けど」
フォローの言葉も出ない。
小学生でももっと上手い子は居るだろう。
「読めなくないけど下手すぎだもん。書道とか習ってた?やっぱ練習あるのみ?」
疑問符の連続に、誠司は多少戸惑った。
一度のやり取りでいくつも質問されるのは、あまり好きではない。
「あー…、えーと、習った事はないけど、小さい頃にひたすら練習させられたから…」
「書道とかでなく?」
「そう」
「自分で練習?」
「そう」
「半沢さんの事、すげー見てるよね」
「そう……、え?」
ふーん、やっぱりね。
と、大きな目を細めて笑う礼に、誠司は何の反応も出来ない。
半沢蛍子の名前が出て、彼女を見ているのかと問われたのではなく、彼女を見ているよね、と彼は言った。
つまり、礼は既に知っているのだった。
「なんで?どのへん?」
礼は一番重要な部分をぼかした。
それを暴く事が何よりも誠司を頑なにすると理解している。
短い休み時間に、教室はざわついている。
誰も、礼と誠司の会話など聞いてはいないが、礼は最初の罠以降は半沢蛍子の名前を出す気は無いようだった。
ごまかすのは得策ではなさそうだと、誠司は判断した。
