颯一筋な私は八木沢主任のことを男性として意識したこともなかったし、もちろん興味もなかった。人気者だし素直にカッコいいんだとは思うけれど、やっぱり現実世界の人間は怖い。二十二歳にもなった女がいう言葉ではないけれど。

「颯は私の全てなんです。だから八木沢主任が入る隙なんて、全然ないと思います」

こんなことを平気で言ってる私を直接見れば、八木沢主任も気づくはず。私が相当イタイ女だって。

八木沢主任に私なんて似合わない。世の中にはもっと可愛くてもっと素敵な女性が、いやというほどいるじゃない。っというか、八木沢主任には彼女がいるって聞いていたけれど。

やっぱり、からかわれてる? 八木沢主任がまさか私を好きだなんてね。

まあ、どっちでもいい。どのみち私には関係のないこと。

多少動揺していた私も言いたいことを言って落ち着きを取り戻し、窓の外を見る。

ここはどこ?

全く見覚えのない場所を走っている車は、次の角を曲がると少し走ってから停まった。

「着いたぞ」

八木沢主任の声に顔を動かすと、そこには老舗感たっぷりのお店が建っていた。

「ここって、高級料亭……ですか?」

こんなところで食事をしたことがない私は、気後れしてしまう。

「一見そう見えるけど、実は普通の和食屋。個室もあるから、時々仕事でも使ってる」

そうなんだ。なら良かった。

ほっと一息ついていると、いつの間に運転席から降りたのか、八木沢主任が助手席のドアを開け手を差し伸べてきた。そんなことをしてもらったことがもちろんない私は、その王子様ぶりに面食らってしまう。

「薫子、降りろよ」

そう言って私の腕を掴むと、八木沢主任は私を簡単に引き上げて車から降ろした。