薫子さんと主任の恋愛事情


困り果てた私がわけのわからない状態に頭を振ると、ふっと笑った八木沢主任が私の身体を抱きしめた。

「西垣、どうして俺がこんなことをしてるか分かるか?」

背中に回された手が、まるで子供をあやすように私の身体を優しく撫でる。

わかっていたら、こんなに困ってないし。しかも今は抱きしめられていて、それどころじゃない。

ブンブンと首を振って、分からないことを知らせるのがやっと。

昨日まで、いや今日の昼に社員食堂で隣の席に座るまで、八木沢主任は私にとってはただの上司。一日に会話を交わすのは数回だけ。それも仕事の話しかしない関係だったのに、どうしてこんなことになっているの?

乙女ゲームの中で颯に抱きしめられたことはあっても、それは所詮妄想の中でのこと。三次元の生身の男性と近づいたことのない私には、もうこれ以上は耐えられそうにない。

その思いが、瞳から涙となって溢れ出る。

「悪い。こういうの初めてか?」

ズズッと鼻を鳴らしたからか、私が泣いていることに気づいた八木沢主任が耳元で囁く。その声に私が小さく頷くと、「そうか」と呟いて私を抱きしめる腕に力が込められた。

初めてだって言っているのに、どうして力を強める。『そうか』と言ったなら、ここはすぐに抱きしめるのをやめるのが通常ってものじゃない?

なんて思ってみても、その“通常”を知らない私が言ったところで説得力に欠けるか。涙は止まらないっていうのにいろいろ考えられる私って、案外神経が図太いのかしら。

もう一度大きく鼻をすすると、八木沢主任の上着に顔を擦り付けた。