運転席から八木沢主任が出てくるのが見えると、颯をコートのポケットにしまう。

腕時計を見ると、約束の時間ぴったり。こういうところも、八木沢主任が人気者という証なのかもしれない。

「西垣、ちゃんと来たんだな。すっぽかされるかと思ってたよ」

そう言って笑う顔は、昼の時と同じように嬉しそうに微笑んでいた。

すっぽかされるって……。できることなら、そうしたかったですけど。何も言わずにまっすぐ家に帰っていれば、今頃ベッドの上で颯をギュッと抱きしめていただろう。なのに今の私ときたら寒空の下、なんの因果か八木沢主任と向い合っている。

「大人ですから。それに何も言わずに帰れば、後が怖いですし」

八木沢主任の笑顔は心臓に悪い。

何気に視線をそらすと八木沢主任の左手が頬にあたり、その顔をグイッと正面に向けられる。

「西垣。おまえ、いつから待ってた?」

いつから待ってたって……。八木沢主任、そんなことより頬に当たってるその手を今すぐ離してください!

寒さからなのか、それとも恥ずかしいからなのか。身体が震えるのを抑えられない。

「頬、こんなに冷たくして。早く車に乗れ」

その言葉と同時に頬から手が離されてホッとしたのもつかの間、今度はその手が私の右手を捉える。そしてあれよあれよと言う間に、車の助手席へと押し込まれてしまった。