「これ、もう必要ないと思いますけど」

颯が返ってさえすれば、こっちのもの。わざわざ八木沢主任に付き合うこともない。

今まで忘年会や新年会、歓送迎会などに参加したことはあっても、八木沢主任とふたりきりで食事に行ったことはない。別に行きたいと思ったこともないし、できることならご遠慮したい。どんな風の吹き回しか知らないけれど、こっちの気持ちも考えて欲しいところだ。

どうせこの後も私と八木沢主任の関係は変わらないんだし、なんの気も使う必要はない。

八木沢主任の返事も聞かず仕事に戻る。

「そうか、必要ないか。じゃ、遅れるなよ」

「はい……って、えっ!?」

あまりに自然に、いつも仕事の流れと同じ口調で言われたから、『はい』なんて答えてしまったじゃない。しかも頭の上に優しく手を乗せてポンポンするなんて……。

それって今どきの女性が男性にされて一番キュンとくる仕草なんだろうけれど(社員食堂のたまたま置いてあった雑誌に載っていた)、私にはそんなの効力ないんだから。

……と頭では思っていても、何故か心臓はドキドキしていて。

私の身体はひとつなのに同時に真逆の心理作用が起きていて、八木沢主任に何も言い返せなくなってしまった。

振り向いても八木沢主任はいつの間にそこにはいなくて、自分の席に戻り何事もなかったかのように仕事をしている。

ゆ、許せない! 何なの、あの態度! 約束なんて、絶対にすっぽかしてやるんだから!

そしてそれからしばらく、私の怒りは収まることはなかった。