いや、止めたというのは間違いで、止めざるを得なかったといったほうが正解かもしれない。

なぜならノートパソコンの画面の隅っこに、一枚の付箋が貼られたから。しかもそこには黒いマジックで『今晩の約束は守れよ』書かれていて。大きくため息をつき振り向けば、優しく微笑んでいる八木沢主任がいた。

心臓がトクンと、小さく鼓動を鳴らす。

これは乙女ゲームをしている最中に、彼の笑顔や行動で何度も感じている自然現象。だからそれがどんなときに起きるのか、本当の恋愛には無関心な私にも分かっていた。

でも相手は、颯やゲームのキャラじゃなくて八木沢主任。頭の中には、『なんで?』『どうして?』のはてなマークがいっぱいで。

胸が高鳴るとかドキドキするとか、そんなの好きな人にしかならない現象だと思っていたから、どうにも落ち着かない。

でもよーく考えてみれば、八木沢主任の笑顔はよく見るけれど私だけに送られる笑顔は初めてだから、心臓が勘違いしたのかもしれない。

うん、きっとそうだ。そうに違いない!

そんなことより今は今晩の約束のことをキャンセルする方のことが先決と、ノートパソコンから付箋をピリっと剥がしそれを八木沢主任につきつけた。