『ありがとうございました!!』


私は今日最後のお客様に向かって、笑顔でそう言うと、クローズの準備を始める。


店の外に出ると、クリスマスソングがどこからか聞こえてくる。

半袖の制服姿の私は、『さむっ』と言うと、メニュースタンドを店の中に入れて、自動ドアの電源を切った。


『今日も忙しかったねー』
もう一人のスタッフがそう言いながら、椅子やテーブルを片付けて床を磨き始めた。



私は首をコキコキ、左右に傾けながら、コーヒーマシンの洗浄を開始する。


ピッ、と音がして、赤いランプがついたのを見て、私は次から次へと作業を進めていった。



『お疲れさまでした』

スタッフルームにいる店長に声をかけて着替えに行こうとすると、

『あっ、杉下さんっ』


いつの間に来ていたのか、杉下さんがスタッフルームに座っている。


『新谷、お疲れ』

杉下さんがにっこりと微笑むと、店長が、
『お前、ちょっと時間あるか?』
と尋ねてきた。

『はい』
私は空いたパイプ椅子に座りながら、直感で大事な話だと察した。



『杉下がな』

『はい…』

『引退や』

『……』




いつかは…と思ってはいた。

杉下さんは四回生だし、就活も忙しく、最近はほとんどシフトにも入っていなかった。


でも…

私はもう少し、杉下さんと一緒に働きたかった。
もっと叱ってほしかった。
もっと勉強したかった。



『……』

私は視界がぼやけてきて、初めて自分が泣いてることに気がついた。


『新谷』

杉下さんがやさしい声で私の名前を呼ぶ。


『はい…』

『新谷が入ってきた時、この子は使い物になるってすぐに分かったよ。だから、厳しいこともたくさん言った。でも、ここまでよく頑張ったね』

『…は…い…』

『あたしは辞めるけど、新谷がいてくれて良かった。安心して辞めれる。これからは新谷、あんたに頼むわよ』




杉下さんがそう言うと、店長は事務机の引き出しをごそごそして、いつかと同じように、私にポイッと投げてよこした。



『…っ!』

反射的にキャッチして、手にしたそれを見ると、

それは、
リーダーのバッチだった。



『次からは、お前がそれつけんねんで。あたしには無理です、とか言うのなしやからな』


言いたいことを先に言われて、私は言葉につまる。


リーダーのバッチは私の手の中でピカピカと光っている。


それはまるで、杉下さんの笑顔のようだった。