ある日のことだった。

その日、公園にいた。
なんてことないただの暇潰しだった。
新学期が始まったので公園にはランドセルをしょった子が多く目についた。
俺は一番奥のベンチに座って本を読んでいた。
大学からの帰りだった。
新学期の学年ごとの説明会が終わった後、友達とゲーセンに寄ってその帰りだった。
春の陽気に誘われて、フラフラとこの公園に寄った。
いつも通りがかる公園だった。入ったことはなかった。
足が赴くままに、桜の木の隣の、このベンチに座った。
風が心地よい。
本から目を離し、砂浜で遊ぶ子ども達を見ていると、目の端に一人の老人の姿が映った。
老人は押し車に荷物を乗せてゆっくりと歩を進めている。
とても重そうだ。
本をたたみ、老人に近ずいた。
「手伝いましょうか?」
「おお、いいですよ。すぐそこだから。」
老人は手を横にふった。
「俺のうちもすぐそこですから。」
曲がった腰に、ゼエゼエ息を吐いてる様子を見ると放っておけない。
「どちらの方向ですか?」
「この道をまっすぐ進んで右に曲がったとこ。」
「すぐ近くじゃないですか。荷物持ちますよ。」
「すまないねえ。とても助かるよ。何分、足腰が弱くてねえ。」
老人は息を切らしながらにっこり笑った。
俺は押し車を代わりに持った。
老人の歩調に合わせながらゆっくり歩いた。
会話を交わしながらしばらく歩くと、ある一軒の家の前に着いた。
大きくて古い木漏れ日の中の家。
「ここで大丈夫。本当にありがとう。」
老人はにっこり笑った。息は先ほどよりだいぶ軽くなっていたが、まだ時々ゼエゼエいっている。
思い出してバックの中身を探った。
「どうぞ。」
まだ口をつけてないミネラルウォーター。
よく買う商品をたまたま飲まずにバックに入れていた。
「おお、ありがとう。いいのかい?」
「どうぞ。」
老人は嬉しそうに受け取った。すると、老人は、
「ちょっと待ってておくれ。」
と言い残して家に入っていった。
しばらくして、出てきた。
手には水の入ったペットボトルを持っている。
「お礼じゃ。」
ミネラルウォーターのお礼が水?
「これは魔法の水じゃよ。」
老人がニコニコして渡した。とりあえず受けとる。
「これは特殊な水でね。神山でとれたんじゃ。」
新手の宗教勧誘か?警戒する。
「これを枕元においておくと、一年後に会いたい人に会える。」
ずいぶん変わった効能だ。
「この水は腐れないから構わず枕元においておけばいい。」
老人は目を細めて空を見た。どことなく寂しそうだ。
「あの、遠慮しときます。」
「まあそういわず、騙されたと思ってもらっときなさい。老人のほんの冗談だと思えばいい。」
老人はそう言ってウインクした。
そう言われてホッとした。なんだ、おじいちゃんのユーモアか。
「これ飲めます?」
「絶対に飲んじゃダメだ。お腹を壊してしまう。」
もらっといて後で捨てよう。
「ありがとうございます。」
一応、礼を言った。老人はニコニコし、付け加えて言った。
「何事も信じることじゃよ。信じればきっと会える。」

その夜、もらった水を枕元においた。
絶対に嘘だと思うが、1日くらい老人の冗談に付き合ってみよう。
寝る前に考えた。
会いたい人ー。
たくさんいるような、いないような。
思いつかなかった。不思議と。
その日はそのまま眠りについた。