「エンマ」





 ギクッ!





 突然の声にエンマはギクリと肩を窄める。



 入口に目を向けると、そこには眉間にシワを作り、怖い顔でこちらを見ているオーリングがいた。



『...オ、オーリング様.........
も、申し訳ございません!』



 明らかにイライラしているオーリングに、怯えたようにしてエンマは頭を下げた。



 はあ、ため息をついてエンマの元へと足を進める。ふと、エンマの元へと向いていた視線がソファへと移る。ソファに横たわるルミも元へと。



「...どうして彼女がここにいるだ、説明しろよエンマ」

『あ、あの...これはっ』

「うぅーん」



 まるで見計らったように彼女の口から声が漏れ、二人の間に緊張が走る。



 彼女は寝返りを打っただけで、しばらくすると規則的な寝息が聞こえてくる。
 穏やかなその様子に、二人はホッと息をついた。



 オーリングは静かに近づくと寝返りを打った時にずれたブランケットをそっと直し、美しいその寝顔に見惚れる。



 正直、こんなにも美しいと思える人はきっとこの人だけだろうと、オーリングは思う。



 そして、彼の目はオーリングの主――ベッドに横たわるシェイラへと移っていた。



 彼にとって最も大切な人。



 シェイラの為になら全てを捧げられる。そう感じられるたった一人の人。



 だけど、今回だけは。



「...今回だけは、すまない
 巻き込みたくないんだ、彼女だけは」



 頼む。そう言って頭を下げるオーリングを、エンマは見上げた。



 今までシェイラの為に生きてきたような男が、初めて自分の意見を通したいと頭を下げたのだ。



 エンマの中に彼の心に流れ込む。



 ああ、シェイラを救ってくれたこの少女は、オーリングにとっても大事な人になっていたのだろう。真摯な彼の表情すらもそれを伝えてくる。



 オーリングは下げていた頭を上げると、ソファの方に体を向けた。そして、横たわる彼女のひざ裏と背に自身の腕を優しく回し、起こさないようにそっと持ち上げる。



 オーリングの腕の中ですやすやと気持ちよさそうに眠る彼女にふと和かい笑みが零れる。



 ルミを腕の中に抱えながら、入口へと向かっていく。



 部屋を出る直前、オーリングが唐突に振り返り



「...彼女は、ここに来なかったんだ
 エンマ、お前にも会わなかった。全部夢だったんだ...」



 いいな。確認するようにそう言って影の部屋を後にする。



 エンマはその悲しそうな後姿をじっと見つめ続けていた。