「ちょっと雪乃さん、着いて来てくださる?」


「……」


「雪乃さん」


「…はい」




お分かりいただけるだろうか?


私は現在、修学旅行先の海辺のホテルの自分の部屋で、いじめの主犯格の子からお誘いを受けているのだ。


黙って彼女の後ろをついていく。


ホテルを出て森の中に入っていく彼女たち。



(…そんなとこに入っていって迷わないの?)



心の中でつっこみながら黙々と歩く彼女たちの後ろを、渋々歩き続ける。


やっと開けてきたと思ったら、そこは綺麗な海に面した崖だった。



絶壁だ。



よくサスペンスなどに出てくる、犯人と刑事がやり合うシーンに良く使われるアレ。


海は穏やかなものの、崖下の波荒く、落ちたらひとたまりもないだろう。



どうしてそんな所が見えるかって?


それは今、私がその崖っぷちにいるからに決まっている。




「雪乃さん、あなた一体何様のつもり?
修学旅行先でまで、辰巳様をたぶらかして」


「…別に、たぶらかしているつもりはありません」


「美和子様に口答え!!?無礼にもほどがあるわ!!」






はい。


ここで、まだご存知ない方もいらっしゃると思いますので、紹介しましょう。


まず、この会話に出てくる『辰巳様』と『美和子様』について。


『辰巳様』と言うのは、私が高校に入学してからやたらと絡んでくる男。


どういうわけか幾度となく交際を迫り、何度も丁重にお断りを入れているにも関わらず懲りずに言い寄ってくる物好きな男。


おまけに私のことを『白亜の女神』と訳のわからないあだ名で呼ぶものだから余計に嫌われる。



はっきり言って、迷惑だ。



しかし、この男、ほかの女子にはえらく人気なようで、ファンクラブなどというものも存在しているらしい。


だが、そんな中群がる女子に脇目も振らず、無関心な私にちょっかい出すものだから、私は面倒に巻き込まれて、益々彼女たちから嫌われていくのだ。


どうしてくれよう、辰巳様とやら。



そして、『美和子様』。


この女は辰巳ファンクラブの会長、辰巳大大大好きな(自称)乙女。


というのは表の顔で、実際の所、ご覧の通り多くの女子を侍らせたお嬢様気取りのいじめっ子。もっぱらの標的は私。


他の子たちなら不登校になるようなことをやられても、顔色ひとつ変えず学校にやってくる私が全く気に入らないらしい。


おまけに辰巳の件もあって、最近の美和子のイライラの矛先は全て私の方に向いている。


理不尽ったらありゃしない。




「ちょっと、聞いてるの雪乃さん!!?」



あ、忘れてた。



「……何でしたっけ」


「はぁっ!?何様のつもりなの、アンタ!!」



たぶん今朝のことだろうなぁとは思う。


バスに座るときに、一切空気を読めないアホ辰巳が無理やり私の隣に座ってきたやつだ。


二人がけの席を一人で満喫できると思っていたのに。



まったく、厄介なことをしてくれる、あの男。


こちらはいい迷惑である。