私とユニコーンは、見つめ合う。



 そこには自分たちしかいない、そんな錯覚にまで陥りそうなほど意識はお互いにだけ向いていた。



『タスケテクレ』



 不意に、そんな声が聞こえた。



 その時の私は不思議なくらい冷静で、それが目の前に横たわるユニコーンからは発せられた言葉だということを自然と受け入れていた。



『助ケテクレ......私デハナイ
私ハ人ヲ殺シテハイナイ.........』



 苦しそうに発せられる言葉は、私に真実を訴えかける。



 彼の目は私に真実を写す。



 気付けば私は一歩ずつユニコーンに近づいていた。



 オーリィさんやお頭さんたちが止めに入るのも聞かずに、ゆっくりと彼の目の前に向かう。



 腰を下ろしながら目線を合わせそっと頬を撫でた。



 真っ白なその頬は思っていたよりもずっと綺麗で美しくて本当に絹のような毛触りだった。



 もちろん彼が私を襲うことなどなかった。



 さっきまで暴れていた体は嘘のように落ち着いていて、その目は静かに私に向いている。




「.........あなたの、名前は?」



 気づくと、私はユニコーンに、そう聞いていた。



『...ノア』



「そう......ノア、か...
綺麗な名前ね。貴方の青い瞳によく似合ってる」



 頭の中だけに響く、鈴の音のように澄んだ美しい声で、真っ青な瞳で私を見つめながら真実を語り始める。



『......私ハ“アル者“ヲ追ッテココマデヤッテ来タ.........ソシテ、私ガ村ニツイタ頃ニハ、モウアノ人間ハ死ンデイタノダ
スベテハ“アイツ“ノ仕業......私ヲ突キ放スタメ、ヤツガ仕組ンダコトダト分カッテイル!私ガ...ケリヲツケナケレバナラナイ
私ノ...使命ナノダ......
頼ム...”白亜ノ女神”ヨ...誰ヨリモ、重キ使命ヲ背負ウ者ヨ』



 その時、私はユニコーンが語る真実を耳にしながら、何よりもある言葉に体が反応した。



「白亜の...女神...?」



 それはここの世界に来る前、辰巳に呼ばれていたあだ名。



 ユニコーンがどうしてその名を呼ぶのか、どうしてその名を知っているのか、私を言葉にならない思いが支配する。



『ソウダ...一目見テ、スグニ分カッタ
汝ハ”白亜ノ女神”
......イズレ知ルコトニナル、ホントノ姿ヲ、コノ世界二帰ッテ来たイミヲ
何ヲ、スベキカヲ......』



(...帰って来た? どういう、事......)



 私は初めてこの世界に来て、見たこともない様々なことに触れている。帰って来た、と言う表現は正しくない。



 しかし、何なのだろ。



 正しくはない。なのに、『帰って来た』と言う言葉が妙にストンと私の中に入り込んで、納得している自分がいた。




 今まで、私が私ではないような、自分が何者なのかわからないような感じは幾度となく感じてきた。







 両親を知らない。
 ──見たことがないのだから。



 呼びかけられながらも『雪乃ルミ』って誰、と思うこともある。
 ───自分の筈なのに。



 幼い頃になくした記憶は一向に思い出せない。
 ────思い出す必要もないと思った。






 自分の存在意義も感じられない、誰からも必要とされない日々を過ごしながら、それでも生きることを諦めようと思わなかったのは.........──────