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「はぁ、はぁ......」




特殊部隊の兵舎から、あの庭までは意外と距離がある。



最短コースをルミアは走った。



窓から外に飛び出て、王宮の屋根の上を走ったり



木から木へ飛び移ったり



道なき道を急ぐ。



記憶を取り戻し、本当の身体を手に入れて一番驚いたのは体の軽さだ。



体術の特訓する時もそう。



自分の体とは思えないほどよく動く。



「はぁ......着いた...」



美しい花々の咲き乱れる庭。



病室や影の部屋から覗くことのできた、ルミが手入れをしていた庭だ。



そこにノアの姿がある。



「ノア!!」



声を掛けながら走り寄ると、ぱっと首を起こしこちらを振り向いた。



「ルミ!元気だったか?」



「うんっ。まあ、全身筋肉痛だけどね
それより、シェイラさんは?」



「ああ、あの方はここにはいないよ
代わりにルミへ伝言を頼まれた」



“約束の場所で待つ”



ノアのその言葉を聞き、ルミアの頭にある場所が浮かんだ。



何の迷いもない。



無意識のうちにルミアは駆け出していた。



しかし、ノアの声が動き出すルミアの足を止める。



「ルミ!ちょっと待て!!」



立ち止まり振り返るルミアに、何かが投げられた。



ぱしっ。



反射的にそれを取る。



そして、握った拳をゆっくりと解いていく。



それは



「指輪......?」



黒光りする指輪だった。



よく見ると漆黒と言うより、赤みがかった黒い金属のように見える。



細やかに装飾が施されたそれの中央にはダイヤモンドの様にキラキラと輝く宝石がその存在を主張していた。



それは何だか見覚えがあるものだった。



「ジンノ様からだ」



ノアの声にはっと顔を上げる。



「兄さん、から......?」



「ああ。自分で渡せばいいのに、照れたんだろうな」



それは、十年前のあの日に殺人鬼を捕まえてもらうために使った指輪によく似ていた。



魔法学校初等部を卒業した時、兄ジンノから贈られた魔導石で作られた指輪。



「前の指輪は殺人鬼を追い詰めるために使ったんだろう?その時魔道石に込められたジンノの魔力を使ったから指輪そのものは消滅してしまったらしい」



だからそれは、新しくルミに。



真新しいそれを見つめ、ルミアの心はぽっと温かくなる。



ジンノと同じように指輪を銀のチェーンに通し、首から下げた。



「ありがとう、ノアっ
私行ってくる!」



ルミアは走る。



約束のあの場所へ。



首元できらりと指輪が光った。



長く美しい白髪をサラリと風になびかせ駆けていくその後ろ姿を、ノアはそれが見えなくなるまでじっと眩しそうに見つめていた。