彼は待っているだろう。
何も知らず、あの場所で。
後悔も未練も何もない。
ただ一つ、心残りがあるとするなら
(最後に...もう一度彼に、シェイラに会いたかった)
別れの言葉の一つでも伝えられたら、それだけでいいのに。
シェイラの気弱な声も
極度の人見知りな態度も
思わず見惚れてしまうほどの笑顔も
約束のたびに繋がれる指も
ひとたび思い出せばきりがなく、その全てが胸をどうしようもなく締め付ける。
会いたい。
会いに行かなければならない。
彼が待ってる。
たった一人で、あの場所で。
しかし、もうその命は尽きる寸前で。
全く言うことを聞かない体と朦朧とする意識の中でルミアはただシェイラの事だけを考えた。
そして思った。
まだ死ぬわけにはいかない、と。
体内に残ったありったけの魔力を、最後の力を振り絞り、操った。
『なっ...!? 何だこれはっ』
突然体からあふれ出す強力な魔力。
それらは一か所に集まり、そこから一斉に蝶が舞い始める。
殺人鬼の視界を奪うほどたくさんの蝶。
(届いて...彼の元に)
そんなルミアの思いを乗せて、蝶たちは飛び続けた。
遠く遠く、その姿が見えなくなるまで。
そしてルミアの意識は途切れたのだった。
◇
雪を踏む足音が聞こえる。
(だ、れ......)
まさかまだ生きていたなんて。
目は霞みぼんやりとしか見えず、体はピクリとも動かない。
呼吸は浅く、感覚もなくなってしまっている。
唯一、耳だけがほんの少し働いていた。
『ルミ...っ...』
足音が止まり、座り込む音と共にずっと聞きたかった声が聞こえる。
弱々しい掠れた彼の涙声が名前を呼んだ。
(良かった...届いたんだ...彼に)
『うっ...っ...何でルミが...うぁ...うぅっ』
雪に埋もれたルミアの体に縋り付き涙を流すシェイラ。
自分の為に涙を流してくれるなんてと、どんどん冷たくなっていく体とは正反対に心は温かくなっていく。
泣かないでと声をかけたいのに、それをすることすらできない。
(だけど...彼に看取られるのなら、本望かも...)
残り僅かな体力がもう底を尽きる。
シェイラの優しい声が遠くなっていく。
(ばい...ば...い...)
最後まで彼の声を聞きながら、ルミアは完全に意識を失った。



