「やめようとは......思わないの?」
怖いなら、騎士になろうとしなくていいではないか。
彼は、そう言う。
それは至極当然の考えで、ルミア自身もそのとおりだと思う。
でも
「“守る”為には“力”がいる......その力が私にはあるの」
守ることで誰かの役に立てるなら
身を盾にすることで私を必要としてくれるなら
「大切な誰かを守るために、生きていきたい」
その為ならどんなに辛くても毎日鍛錬を積むし
より完璧に魔法を操れるように血の滲むような努力もする
そうすれば
その場に存在するだけで厄災をまき散らす『悪魔』も
他人とかけ離れた恐ろしい程の力を持つ『化け物』も
その時だけは、名も分からぬ人のために命をかける『戦士』になれる
見知らぬ誰かを守る『天使』になれる
「だから私は、やめない
魔法を使うことも、騎士になることも」
この命が人の役に立てるというのなら、喜んで差し出そう。
助けてと言われれば、喜んでこの手を血に染めよう。
今のルミアの頭の中を支配するこれこそが聖者《オルクス》の受け継がれゆく『意志』そのものだった。
そんな事とはつゆ知らず、ルミアはそんな熱い思いを、目の前の男の子に話していた。
「僕も...そんなふうに強くなれるかな...」
「なれるよ、きっと」
「でも...」
俯き、不安げにそう呟く男の子。
その姿を見て、ルミアは何かいいことを思いつたかのように、彼に見えないように悪戯っぽく微笑む。
「じゃあ、私のとっておきの魔法、見せてあげる」
見てて。
ルミアはそう言うと、彼の前にそっと両手もかざした。
何が起こるかわからない男の子は怪訝な表情で、それをじっと見つめる。
「魔法はきっと、誰かのために存在するから美しいの
自分の為だけの魔法なんて、美しさのかけらもない、酷く愚かしいものになってしまう」
だから、この魔法は君の為に。
その言葉と同時に、かざされた手から淡い光が放たれる。
その中から、雪の結晶とともに姿を露わにするそれは
小さな羽を持つ蝶々だった。
次々と生まれ行くそれらは脆く儚い。
だけれど、力強く羽ばたくその姿は、何よりも美しかった。
声もなく男の子はそれが舞い踊るさまを目で追い続ける。
「これは『六花蝶(りっかちょう)』
私が唯一好きな魔法で、私の分身たち」
誰かを思いつくり上げる魔法は、とても繊細でとても美しい。
「君も怖がる必要なんてない
誰かのために、そう思えばどんな魔法も、誰も傷つけることなく使えるはずだから」
ルミアはそう言うと、ごく自然に当たり前であるかのように、優しく笑みを向けていた。
男の子はその笑顔を呆然と見つめる。
無理もない。
かすかな微笑はあっても、これまで彼女がこんなに柔らかな笑みを彼に見せたのは初めてだったのだから。
徐々に赤く染まっていく頬を隠すように、彼は俯く。
ルミアは、どうしたのだろうかと顔を覗こうとするのだが「な、何でもないっ」と言いながら逃げ続けた。
その光景はとても微笑ましいもので
その日も休みの終わりを告げる鐘の音が鳴り終わるその時まで、二人は共に過ごし、
「また明日、ここで待ってる」
そう約束をして名残惜しそうに別れていった。
その二年後
ルミアが亡くなるその直前まで
二人の密かな逢瀬は続いた─────



