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「兄さんっ!!!」
左目から血を流し、その痛みから体をのけぞらせるジンノ。
それを目にして、ルミアは顔を真っ青にさせた。
その日はルミアがちょうど12歳になってからしばらくたった、とても寒い日だった。
二人の元に王都を騒がせている殺人鬼が現れた。
物心ついた頃からオルクスの一族として最高の騎士になるために鍛錬に勤しんだ。
ジンノと二人でなら倒せると、そう思って対抗したのだ。
完全にこちらの優勢だった。
ついさっきまで。
ジンノの左目に『石』が入れられた。
痛みから唸り声とも聞き取れる叫び声をあげる。
見ていられなかった。
ルミアにとってたった一人の大切な人が苦しむ姿を見るのは拷問に等しかった。
「ついて来い、そうすればあいつの命は救ってやる」
殺人鬼はニヤリと口元を歪ませそういう。
「このままではあと半刻もせずにあいつは死ぬ
お前に残された選択肢は二つ
我が身大事さから傷ついた兄を見捨てこの場から逃げるか、それとも俺の言うことを聞きその代わりに兄の命を守るか......二つに一つ
....さあ、どうする?」
ジンノは苦しみ悶えながらも、その言葉を聞き、地を這いながらルミアに「逃げろ」と訴える。
きっと、逃げようと思えば逃げれた。
まだ殺人鬼の手に落ちる前の今なら。
けれど、殺人鬼の言葉を聞く前からルミアの心は一つに決まっていた。
たった一人、最後まで自分を人として扱い、『ルミア』と名をよんでくれた人。
その人を守るためにこの命を、誰からもその存在を認めてもらえなかった命を差し出せるなら本望。
ルミアの心を見透かしたように殺人鬼は彼女に向かって手を伸ばす。
その手を取りながらルミアは言った。
「何でも言うことは聞く......その代わり兄さんの命は奪わないで......絶対に」
「......もちろん」
後ろでジンノが何度も、何度も、ルミアの名を呼んでいた。
ルミアの顔には微塵も恐怖は浮かんでいない。
「っ......ルミアァッ!!!」
一際大きな声がルミアの耳に届く。
それでも振り返ることはない。
自分がどうなろうがどうでもいい。
最後までその名を呼んでくれた、貴方の為なら。
何年も笑うことのなかったルミアはようやくその口元に微笑みを浮かべていた。
それはそれは幸せそうに。
自らの死を悟って。
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