ああ、その時が来た。


多分私は地獄の化物に食べられる刑になったんだ、と妙に納得し、逃げることもなくじっと身構える。


だんだんと草を分ける音は大きくなり、私はぎゅっと目を閉じた。




「あ、起きた?」


「へ?」



人の声がした。


まさかと思ったけど、確かに声がした。


獣の大きな唸り声が来るかと思っていたので拍子抜けし、素っ頓狂な声を出してしまう。


急いで背後に目を向けると、見知らない美青年が草を掻き分け近づいて来る。



「いやぁー、目が覚めたみたいで良かったぁ!!
もうね、びっくりしたよ、君を見つけた時には!全身ずぶ濡れだし擦り傷はあるしー、運悪く傷薬は切れてるしさぁ!まぁ、何はともあれ無事で良かったなあ!」



 ・・・・



この人、とにかく元気がいい。良く言えば。


悪く言えばウルサイ。


終始ニコニコしているし、話し方も明るい。たぶん、私があまり出会ったことがないタイプの人。



「あっ、火消えちゃってたね。ゴメン、ゴメン。すぐに付けるよ!寒かっただろう?」


「…あ、いえ。お構いなく」


「いやいやいや、こうして出会ったのも何かの縁!お構いしますよ!!」



あぁ、苦手、この人。


なんでこんなに元気なんだろう、こっちは初めての地獄訪問に疲れてるというのに。


でも、ちょっと待った。


地獄のこの世界に、私以外の人間?と言うことは、この人も死んだ人?



そうは見えないけれど。


ルミはジッと目の前の青年を見つめる。



「………」

「………」

「………」

「………」


暫く、無言で見つめ合う。


しばらくして、目の前の青年は顔を赤くしながら落ち着かないようにオロオロし始めた。


無言の時間に耐えきれなくなったのか、意を決したように話始める。



「…ど、どうかしたのか?」


「……いえ」


「そ、そう!ならいいんだ!いやぁ〜、美人さんに見つめられると流石に照れるなぁ!」


「……」



頭の後ろをカキカキ、照れている様子の青年。何をそんなに照れてるのか良く分からないけど、悪い人には見ない。


だったら、思い切って聞いてみようか。



「あの」


「ん?ナニナニ??」


「ここって地獄ですよね」




「……ン?」




ここだけの話、この時私は初めて人の目が点になるのを見たというのは密かな秘密だ。




「貴方は人ですか?それとも悪魔?私を襲うためにやってきた人に化けるバケモノ?」


「……え??」


「ここは何処?貴方は…誰なんですか」





すると、目を真っ直ぐに見ながら尋ねる私を見て、青年は怪訝そうな顔をしたまま私の肩をがっと掴んだ。


突然の行動にルミは仰天する。



「っは?!」


「いいかい、よく聞いて」


「?は、はあ…」


「まず、ここは地獄じゃない」


「え、」


「天国でもない、人が生きる世界だ」


「…」


「それに僕は人間。
名前はオーリング・プロテネス。好きなように呼んでくれていいよ」


「…はい」



「どうしてここを地獄と考えたのか分かんないし、気になるけど、僕のことは信用していいから。心配しないで。僕はこの国の中心に近い人間だ、大抵のことは分かるし信用してもらえるだけの地位と力は持っているつもり」


「はい…」


「安心して。もう大丈夫だよ」



不安そうな顔をしていたのかもしれない。


微笑みながら、大丈夫と言ってくれた彼はこの暗闇の中でひっそりと咲く向日葵のようだった。


というのはちょっと言い過ぎかな。


でも、暖かかった。


その言葉も、微笑みも、その存在も。

 
やっぱり、今まで会ったことのない人。



心が今までより少しだけ、ほんの少しだけ暖かくなった気がした。




そして



このオーリングとの出会いが私――ルミという人の運命を大きく変えていくことになる。