東京が、喰われていた。


比喩ではない。東京にあるたくさんのビル、店、住宅のあちこちが、大きくえぐれているのだ。


それは巨大な歯形だった。




夕方、一人の中年の男が、道に散らばった建物の残骸、コンクリートの破片を乗りこえながら、必死で逃げていた。
泣いていた。鼻水を流していた。服がぼろぼろになっていた。ズボンの股間の部分が濡れていた。小便をもらしていた。力の無い、ふらつく足取りで、走っていた。


……ずずっ


巨大な、何かをひきずるような音が響いた。
その音と同時に、地面が揺れた。


「ひぃぃっ……」


男は前のめりに転んだ。そのまま、はいずりながら、逃げようとした。


……ずずっ



……ずずっ



……ずずっ、ずずっ、ずずっ



何かをひきずる音は、どんどん大きくなっていった。
それにあわせて、地面の揺れも大きくなってゆく。


「ひっ、ひっ、ひいい」


男は顔をくしゃくしゃに歪ませながら、思わずふりかえってしまった。すぐにふりかえったことを後悔した。


五百メートル後方にある、十階建てのビル。その後ろに隠れるような形で、それはいた。


巨大な存在。


それは、大音量の、かわいらしい女の子の声で言った。


「このビル、邪魔ね」



ばくんっ



一瞬だった。
その巨大な存在は、十階建てのビルを一口で喰らった。
そして、口の中で、よく噛んだ。ビルのコンクリートの、鉄柱の、硝子窓の噛み潰されてゆく凄まじい音がした。まるで爆音のようだった。
ビルが無くなり、その巨大な存在の姿が丸見えになった。


異様な姿だった。


それは、かわいらしい少女の顔をしていた。十二歳くらいの、黒人の少女だ。
ただ、その顔の大きさが異常だった。縦の長さが、先程喰らった十階ビルと、ほぼ同じだった。
しかし更に異様なのは、首から下の胴体だ。そこは、まるで蛇のような形をしていた。長いホース状の胴体が、一キロ近くの長さで廃墟の上に横たわっていた。
それは大腸だった。
少女の巨大な顔の首から下には、薄桃色の、長大な大腸が生えていたのだ。それは分泌液で、ねちゃねちゃと濡れていた。


ジュオームチルドレン・リリー。


それが、この怪物の名前である。