タツミはため息をついた。


「その前に、お礼の一言くらいあってもいいんじゃない?命を救ってあげたのよ」


「嫌だね。あんたの顔には、善意が感じられない。純粋な人助けではなくて、何かに利用するためにおれの命を救った。そういう顔をしている。気にいらねえ」


「かわいくないわねえ。まあ、その通りなんだけどね。九島策郎。二十五歳。殺人罪で、全国で指名手配されている犯罪者。軍人、ヤクザ、警官、格闘家、ボクサー、暴走族といった、強い男ばかりに、命がけの真剣勝負を挑んで、何十人も殺害してきているわね。今度は熊殺しでもやるつもりだったのかしら?」


策郎は、ばつが悪そうな顔で目をそらした。


「そんな無謀な、ださいことはしねえよ。山を歩いてたら、たまたま襲われちまったんだ」


「ふうん、まあどうでもいいけどね。さて、本題に入りましょうか」タツミは真剣な表情になった。「九島策郎。八乙女研究所所長として、あなたに頼みたいことがあります」


「いいぜ。引き受けた」


策郎は、あっさりと答えた。


タツミは、面喰らった顔をした。そのまま少し呆然としたあと、眼鏡を直しながら聞いた。


「あなた、いまなんて言ったの?」


「引き受けたと言ったんだ」


「わたし、まだ何を頼むか話してないわよ」


「かまわないぜ。何でもやってやるよ」


「あなた、わたしのこと、気にいらなかったんじゃないの?」


「ああ、気にいらねえな。だが、それとこれとは話が別だ。おれは受けた恩は絶対に返す主義なんだ。理由はどうあれ、あんたはおれの命を助けた。だから、あんたの頼みは断らねえよ」にやりと笑う。「そのほうが格好いいだろ?だからおれはそうするんだ」


タツミは首をかしげ、しばらくだまったあと、とまどうようにつぶやいた。


「いまいち、あなたの性格がつかめないわね。まあ、それなら話が早くていいわ」


「で、何なんだ?おれに頼みたいことって?」


タツミはため息をつき、気をとりなおすかのように、また眼鏡を直した。そして言った。


「戦ってほしいの」