「お前に目立った外傷は打ち身以外は特にない。だが……」
山口さんの言葉は、そこで途切れた。
被された布団越しに聞こえてくるのは、山口さんの喉から絞り出した言葉になり切らない……嗚咽だった。
『お前に目立った外傷は打ち身以外は特にない。だが……』
山口さんがこの言葉の後に言わんとすることは分かっている。
「……蘭丸」
つい最近まで隣にいた友人の名を口にする。
何百回も、何万回も呼び続けた名前なのに、ひどく懐かしく感じるのは、どうしてなんだろうか。
いつも俺のそばにいた蘭丸。
喧嘩することもあるけど、それでも隣にいることが当たり前だった。
女子のような華奢な身体に秘めた、確かな信念を燃やす蘭丸に出会ったのは、ほんのつい最近のこと。
新選組に入隊を決めた俺に、蘭丸が自分も付いて行くと言い切ったあの雪の夜。
知らなかった蘭丸の顔を、知った気がした。
「……蘭丸」
ーーー頼む、死なないでくれ。
斎藤先生と対峙した時のことを思い出す。
あの時も、蘭丸という犠牲を払って俺は斎藤先生を切り伏せた。
だが、あれは稽古のようなもの。
現実には蘭丸は死なない。
死んでない。
だけど、今回は紛れもなく実践だった。
俺は、今度こそ本当に、蘭丸という犠牲の上に立ち、こうして生きて帰ってきたんだろうか。
ーーやめろ。
そんな事は俺が許さない。
二人で生きて帰ってこなければ、許さない。
後先も考えず、獲物を持たずに俺と吉田の間に飛び込んできた蘭丸を、俺は許さない。
そして何より、蘭丸と自分の命を守れなかった自分を一番に許さない。