「……しかるべきところに相談するべきです、どこに言えばいいか分からないのなら、」
具体的に言わなかったのは、これだけで彼女には伝わると思ったから。
こちらがDVだと気付いていることも察しているはずだから。
「ご心配ありがとうございます。しかし、何も相談することはないので」
思いのほか、抑揚なくはっきりそう言う彼女に、計らずとも感情的になってしまう。
「これは転んでできたものじゃないでしょう?それとも何?あなたはそんなにしょっちゅう転ぶっていうの?」
「はい、おっちょこちょいで」
そう言って苦笑いする彼女。
何が何でも頑なに認めようとしない彼女に、私も言葉が詰まる。
すると、看護師が変わりに追求し始めた。
「じゃ体中の痣はどうされたんですか?これは明らかに転んでできたものじゃないですよね」
看護師と顔を見合わせる。
やっぱり体中に痣があったようだ。
「……」
「DVを受けているんでしょう?」
「……いいえ」
ぎゅっと薬指の指輪を握るように両手を重ねる彼女。
再び看護師と顔を見合わせる。
もうこれじゃお手上げだ。
なんとか諭したかったがこれでは埒が明かない。
児童虐待と違ってDVは被害者本人に承諾をなしに積極的に介入できないのだ。
おもむろに席を立ち、宗佑へ連絡する。
宗佑に知られることを嫌がっていた彼女には申し訳ないけど、見過ごす訳にはいかない。
「だ、誰に連絡してるんですか?」
私の電話相手が気になるのか、彼女の声に不安が混じる。
「……あなたのよく知ってる人よ。もう私じゃ手に負えないもの」
「え……っ?」
「ごめんなさい、あなたが宗佑と知り合いだって知っていたの」
すると彼女は、さっきまでの平然とした態度から打って変わって動揺し始めた。
「や、やめて……っ!」
血相を変えて私のピッチを取ろうとする彼女を看護師が慌てて押さえ付ける。
「お願いっ、そうちゃんには、そうちゃんには言わないで!」
そう言ってぼろぼろ泣く彼女。
頭の手術が必要になるかもしれないと言った時は、まるで他人事のように冷静だったのに。
そうまでして宗佑に知られたくなかったのか。
「ごめんなさい、きっとここで言わなかったら私は一生宗佑に恨まれるだろうから」
看護師に縋り泣き崩れる彼女の姿に同情しながらも、この電話を切ることはできなかった。