「ちゃんと拭きなさい」

翡翠の上に野太い声が降った。

バサリと顔に手拭いが投げられる。


「風邪を引くわよ」

昨日、格子戸越しに叫んでいた野獣の顔。
マジマジと仰ぎ見る。

この声は……密談の時にも聞こえた声だ。

翡翠は気づき、身構えて「……おおきに」ボソッと呟く。


「ちゃんと眠れてる?」

あんな話を聞いて、眠れているほうがおかしい。

翡翠は思い、ゆらり立ち上がり井戸端を離れようとする。


「原田さん……鼻血出されちゃいますよ」

藤堂が小声で言いながら、原田をつつく。


「信太!?」


「今朝の稽古、3時からやってん……休んできます」

翡翠はポツリと言い、原田を避けるようにすり抜け、隊士らとも目を反らす。

手拭いの目隠しは、結びそびれたまま翡翠はうつむきがちに、足を速める。


「翡翠……顔色が冴えないな」