中学一年の夏、授業をサボるために俺は保健室に行った。

気分が悪いと保健医に嘘をつき、窓側のベッドに横たわる。

しばらくすると、誰かが保健医と話す声が聞こえた。

小さい声だったので少し耳をすませて聞いていると、何やら聞き覚えのある声だった。

「もうすぐ、新しいお父さんができるかもしれないんだって」

「……そう…原田さんは、どう思うの?」

「お母さんがそれで幸せなら、いいと思う。でも、まだ会ったこともないし、男の人はやっぱり怖いなって思う」

原田…同じクラスの原田真那か。

俺は気づかれないようにゆっくり寝返りをうった。

「まぁ、今は寝ときな。私はちょっと出かけるから、出るとき冷房消しといてね」

「はーい」

古い引き戸が閉まる音。のそのそとベッドに入る音。

原田真那は、背が高いというイメージが強い。

変なデザインのリュックで登校してたり独り言が多かったり変な奴だと、斜め前の席の石田が言ってたっけ…

「なぁ、原田」

少しの間。ゴソゴソと寝返りを打つ音がすると、「その声…渡辺大樹くん、だっけ」

「おう」

「あ…さっきの話聞いてた?」

「…おう」

「まぁいいんだけどねー。あ、そういえば2組の舞に聞いたよ、渡辺くん、小学校のときからモテモテなんでしょ」

「んなことはねぇよ」

「付き合うってどんな感じ?あ、キスとかしたことある?少女漫画だと綺麗だけど、本当はどうなのかな…」

楽しそうに話す原田。

どうやら変わり者というのは本当らしい。

俺は黙って仕切りのカーテンの隙間から手を伸ばした。

「ん?」

「握手」

「おお〜よろしくよろしく」

俺の手を原田の手が握る。

「渡辺くん手冷たいねぇ…心があったかいのかな?それに指もほっそい」

「原田の手はブニブニしててあったけぇな」

「心が冷たいのよ」

「原田手デカ…」

「みなまで言うな。気にしてるの」

「…身長いくつ?」

「168」

「うわ、俺8センチも負けた」

「学年で一番背が高いからね私」

「ぜってー追い抜く」

「がんばって」

「……なぁ」

「なに?」

「キス、してみる?」

「……またそんな少女漫画みたいなセリフを恥ずかしげもなく…」

「ほら、俺モテるから」

「自分で言うのかよ」

「どうする?」

「……」

好奇心と戦っているのだろうか、うぅ…と唸る声。

「まぁでも私ファーストキスじゃないし」

「は、誰と?」

「おじいちゃん」

「それカウントすんのかよ」

「キスはキスだろ〜」

「ばぁーかそんなのノーカンだ」

「じゃあファーストキスです」

「俺が頂きます」

「高くつくよ?」

「俺のファーストキスと物々交換で」

「嘘つけ」

「はは。バレたか。」

顔が見たくなってカーテンを開ける。

驚いたようにタオルケットで顔を隠し、目だけ覗かせて「いきなり開けるなよ〜」と言う原田に、少しドキッとした。

俺は起き上がり原田のベッドに腰掛ける。

「…お好きにどうぞ、王子様」

おどけたように手をあげて目をつぶる原田。

その顔の横に手を置いて、少しずつ体重をかけていく。

「緊張してる?」

「ばか」

「目あけてよ」

「嫌だ」

「ふーん…あっそ」

目を固く閉じたままなので、右手で胸を触ってやった。

意外と大きくて、柔らかかった。

「ちょ、何すんの変た…んんっ…」

驚いて目をあけた瞬間に、自分の唇を原田のそれに押し付ける。

見つめあったまま、何度も唇を重ねる。

赤くなった原田の顔が甘く融けていく。

「っ…エロい顔するお姫様だな」

「うるさ…んふ…」

角度を変えて、何度も何度も、原田の甘い唇をついばむ。

やべ…抑え効かねぇ…

原田のファーストキスを奪ったことへの優越感と、俺のファーストキスがこいつで良かったなという満足感でいっぱいになる。

顔を上げた頃には、二人とも息が上がっていた。