芳子は何度目かのため息をついた。それは実原の子「紫青」として、天狗の子「清青」としてのわが子を思った故のものかもしれないし、無謀な冒険へ出た弥平と太助を思ってのものかもしれない。
「芳君」
 ふと芳子のからだへ降り注いだ声。芳子のことをそう呼ぶのは、この世でたった一人。
「清影様?」
 清影は姿を現さない。声だけがする。芳子は天井を見上げた。
「清青のこと、詫びる」
「お詫びをなさるなら、出てきていただけませぬか。それが道理というものです」


 しかし、清影は現れなかった。息子のことを淡々と説明する。
「……どういうことですか?」
「あれは、全くの変異なのだ」
「へんい」
「すまない、清青、いやそなたにとっては紫青か。紫青はもう、帰らぬものと……」
「どういうことでございますか? 紫青は何処にいるのです」
「山にいる」
「……何故、都へ戻らないのですか」
「今の清青を都へ遣る訳にはいかない。やつは、言うなればよく切れる刀を持った乳飲み子」
「……」
「この風も清青の力。何時止むのか、儂にも解らぬ」