水の世界――

 氷魚の部屋の鈴が鳴る。
「氷魚」
「オウナ様」
 入ってきたのは、兄の汪魚。
 頬に埋め込まれた二つの細貝は、人魚の長の証である。

「昨夜は、何もなかったのだな。石牢にはいなかったようだが」
 汪魚には氷魚を犯した記憶はない。氷魚は汪魚の目を見た。

 汪魚は返す。
「何だ、色目か?そういうものは兄ではなく、流澪に使いなさい」
 氷魚にとっては冗談では済まされない。が、汪魚にとっては戯れ言の一つに過ぎない。
「私は、流澪殿とは……」

 クククと汪魚は喉で笑う。悪意のない笑い。
「兄様……」
「すまぬ」
 汪魚は腰掛けていた岩を離れた。
「では、大事はないのだな」
「はい」
「そうか」
 大事がないか、それを確認すると汪魚は部屋を去った。その後ろ姿を見送った氷魚は、世話係の魚も下がらせる。