翼のない天狗

 有青の目が驚きに見開いた。
「なんと」
「片方で良いのです。ほんのひと時で良いのです。光を得たい」
 氷魚の声に熱がこもっていた。
「何のために........」
 
 小さく口を開けて、氷魚は言いよどんだ。が、すぐに迷いを断つ。
「有青殿、貴方の顔を見たい」

 焦っている。氷魚の姿を見て、深山は何とも言えない優越感を覚えていた。既に冷たく、固くなった清青の重みも、深山の心を弾ませた。
 全く、幼い子どもの玩具の取り合いのようなものだ。幼い子どもの如く、真っ直ぐに、深山も、氷魚も、清青を想って生きてきた。それだけだ。

 氷魚の勢いに圧された有青は、縋るように深山を見上げた。
「どうすれば良いのだ」
「ひと時、見えれば良いのだろう、氷魚」
 氷魚は頷く。氷魚らしからぬわがままだ。

「有青よ、お前の右手を氷魚の左目に。氷魚、そのままだ。そのまま、右手で有青の左目を覆え。有青、念じろ。氷魚に光を、とな」

 そのとき、山の彼方から太陽が朝の光の矢を放った。その矢は有青の藤紫色をした右目に映りこみ、一瞬だけ緑色になる。

「ああ」
 氷魚の、宝玉のごとき常磐緑の瞳から、一筋の涙が溢れた。清青の血が流れる有青の姿を、このとき氷魚は初めて目にした。同じ色の瞳が美しく変色するのを初めて目にした。
「紛うことなく、貴方は清青様の子息。清青様が生きた証」
 そして氷魚は目だけを動かし、朝日が差したばかりの東雲の空を見た。
「これが、清青様が見せたかった世界」
 
 つられて有青も、深山も空を見上げた。美しい空だった。