翼のない天狗

 野分きが去ったあとのように、空には雲一つなかった。東の果ての空にほんのりと赤みが差す。

「有青殿」
 氷魚は語りを終える。
「私は参ります。清青様を弔わねばなりません」
 静かな寝息を立てている深山の方を向いて、手を振った。氷魚の指先から水がはね飛び、深山の顔に当たる。深山は驚いて素頓狂な声を上げ、目覚めた。

「何だよ」
「行きますよ。もう曙です」
「見えぬのに、刻限がわかるのか」
 有青の呟きに、氷魚はそっと微笑む。
「鳥が鳴き始めましたもの。有青殿、」
 氷魚は、有青に向かって腕を伸ばした。手のひらは有青の顔に触れ、輪郭を辿る。
「よろしければ、お供して下さいませ。そして、一つ私の願いを聞いてほしいのです」

 氷魚があまりに優しく話すので、有青は見蕩れ、頷くしかなかった。大きく伸びをした深山が「ならば行くぞ」と立ち上がる。深山は清青の体を楽々と肩に担ぎ、空いている腕で氷魚の腰を掴んだ。
「お前は自分で着いて来い。俺は清青との約束でな、二人を運ぶことになっているのだ」
「どこへ行くのだ」
 有青も立ち上がった。天狗は風と同じ速さで山を行く。翼を持つ者は飛び、持たざる者は梢や峰を駆けるのだ。
「豊備の滝です」
 氷魚がしっかりした口調で答えた。