「戻るか」

 清青は深山に肩を貸してゆっくり立たせる。

「はは、下駄が流れてしまった」
 いつも深山が履いている高下駄がない。清青が深山の側に行った時にはもう見当たらず、すでに随分と流れてしまっただろう。
「何、私は常に裸足だ」事実。
 ふと深山が訪ねる。
「清青、お前、面はどうした」
 言われて清青は人魚の方を向く。確かその近くに面は落ちた。しかし、もはやそこには人魚も面もない。
「面も流れたようだ。何、また作るさ」


「人魚など、ろくでもないな」
 満月。手元は明るい。冥王寺の破れた廂に座って木板を削りながら、清青は呟いた。隣で、どこから持ってきたのか、酒を一人飲んでいた深山は、それを聞いて口の中のものを噴いた。
「何、会ったのか」
 口元と、噴出してしまったものを袖口で拭う。清青は怪訝にしかめた顔を深山に向けた。頬に付いた、深山が噴いた酒を拭う。
「覚えていないのか?」
 深山は目を見開き、首を何度も縦に振る。
「どんなだ」
「どんな、と言われてもな。髪が腰まであって、裸体」「何、裸体?」
 出来上がりつつある面を、月明かりにかざす。くり抜いた両眼から月光が零れ、清青の顔に当たった。
「腰から下は、白金の鱗で覆われて、正に魚。ヒメと名乗った」