翼のない天狗

『か……』

 鯱の口から、青黒い玉が吐き出された。その瞳は生気を無くす。衝撃にのた打つ巨体の、尾ひれが氷魚の後ろ首を打った。鯱の魂の玉、魂の抜けた鯱、その後を追うように、気を失った氷魚が落ちていく。

『何をした』
 最後の鯱が、氷魚をめがけて泳ぎだした。大きな口を開き、噛み殺さんとする。
「氷魚」
 叫んだのは父だが、氷湟と汪魚は氷魚へと泳ぐ。

「汪魚殿は氷魚を追いなさい、私は鯱を止めます」
「はい、氷湟様」
 汪魚は力強く鰭を振った。速度を上げ、氷魚を追って潜る。

 氷湟は鯱に追いつくと、その行く手を阻むように立ちはだかった。
『退け、あの娘を噛み殺す』
「ならばさきに、私を」
 氷湟は微笑み、鯱は怯む。氷湟は鯱の方へ右腕を伸ばす。
「さあ」

 鯱は辺りに目をやった。息絶えた仲間や人魚の動かぬ体がある。刀や鎗の傷がないものは、この女が相手した。この女の右手が触れると、刹那に命を奪われる。
「あの子の右手は魂を抜くだけ。されど、私の右手は命を奪う」