翼のない天狗

 水王が泣き出した。乳母があやすが、泣き止まない。鯱に声が届けば、こちらへ追って来てしまう。
「水王……済まない」
 氷魚は水王の胸に右手を当てた。念じてその魂を取り出す。水王は、止まった。力なく乳母の腕に崩れた。

「母様、後でこれを水王に飲ませてください。私はこれで」
「氷魚」
 母御が呼ぶが、氷魚は泳ぎ出した。
「氷魚……そなたも氷湟も、罪と思うことは何もないのです」

 氷魚の瞳が開く。暗闇へ微笑みを向けた。今までよりも強く、ひれを動かしていく。








「どうして」

 不満気に呟いたのは、水王だった。

「清青殿、どうして先を見せてくれない」
 水王は清青の瞳を覗こうとするが、清青は目を反らす。氷魚を見つめていた。
「本当に、構わないのか」
「ええ」
 と応えた氷魚の顔は青ざめ、浮かべた笑顔はいびつだ。

 怪魚に両親を喰われ、乱心した汪魚に……。それが氷魚の話した過去。このまま氷魚の記憶を辿っていけば、その場面となろう。
 水王の母の最期、父の取り乱した姿を、氷魚は見せるのか。