部屋の前に下がる鈴が鳴らされた。入室の許可を乞う合図だ。
「氷魚様」
氷魚は顔を上げた。
「ミナワです。よろしいでしょうか」
若い声の主は、汪魚の長子だ。氷魚は仕える魚に微笑みを向けた。その魚に促され、水王が入って来る。
「ごきげんよう、氷魚様」
「水王殿も。今日はいかがなさったの?」
水王は照れ臭そうに笑った。頭を掻く。
「瑠澪に帳簿の付け方を習っていましたが、飽きてしまいました」
「まあ」
氷魚もくすり、笑い声を漏らす。
「氷魚様は何を?」
「私は、考えごと」
少し間を開けて、呟いた。
「何を」
無邪気に問う顔に、腕を伸ばす。群青色の瞳は不思議そうに光った。
「あなたの、ほんとうのお母様のこと」
「本当の……」
氷魚はその母指の平で、水王の頬の傷痕をなぞった。
「私の姉様」
それは、埋め込められた細貝を無理矢理に切り取った跡。
「コオリというその人を、ぼくは名前しか知りません。氷魚様、教えて下さい」
水が揺れた。外界からの侵入があったのだ。下の者が応じるので、族長の身内である二人にまず害はない。



