「だから、面はしないさ」
「そうか」

 町で時を告げる鐘が鳴る。何十回、何百回鳴った鐘は、これから先、何度鳴るのか。

「清青、どう思っているんだ? 有青のこと」
 清青は目を閉じて風を聞いている。
「さぞ嫌な思いを重ねたであろう……」

 瞼を開けた。
「可哀相なことをした」
 風が山を降りて行く。仔天狗達が戯れているのだろうか。

「でも解って欲しい……己が体の中を天狗の血が走っていることをな」
 その端麗な横顔を見て、深山は思った。何だ、顔は変わらずとも中身は年を取っている。こいつも爺イだな。




 ある日、実原有青は一人冥王山を目指していた。父に会うためである。拒む心が全てだった有青の胸の中に、今はそれを嬉しいと思う心がある。
 しっかりとした足取りで、有青は山へ踏み入った。




 第三部 了




 『翼のない天狗』
 古語 イニシエカタリ 青

 完