静寂を破ったのは沙子。氷魚に寄っていく。

「長が、御妹のあなたを、手籠めにしたと?」
 沙子は一つずつ確認するように尋ねた。氷魚はゆっくりと頷く。

「覚えていないのですか?」
 沙子は振り返って夫に聞く。

「そうなのか? 氷魚……」
 信じられない。自分が。
 汪魚は己の記憶の糸を探っている。
 私が、妹を。

 忘れもしない、怪魚に食い千切られた先代の無惨な遺骸。それを前にした時の氷魚の顔。泣いていた。そしてそのすぐ後の記憶がない。次に出てくるのは、また、氷魚の泣き顔。なぜ、泣いていたのだ。私が、兄が傍にいたはずなのに……。

「いつだ」
「何時、と訊かれても」
 あの日から、何度月の満ち欠けがあった? それが答えに程近い。汪魚が来ない夜は、他の雄魚も来ない。