何?、と彼が視線だけで尋ねてきた。

私はアパートの手すりに手をかけて、少しだけ身を乗り出す。

上から彼を見下げる私と、私を見上げる彼。なんだか、ロミオとジュリエットみたいだ、と馬鹿なことが一瞬頭に浮かんだ。


「あのね、えっと……」

言葉が出てこない。思えばずっと言いたかったことなのに、実際に口に出すには恥ずかしさが伴う。


「伊東くん、私ね」

私の顔は赤く染まっているだろう。

それが寒さのせいだと、彼は思ってくれたら嬉しい。


「伊東くんのこと、淳くん、って呼びたいの。」




呆気にとられたような表情が、ここからでも確認出来る。

彼は珍しく、きょとん、とした後、なんと吹き出した。


「何を言われるのかと思った。」

「だ、だって、」

羨ましかったのだ。楓ちゃんが。

気軽に、淳ちゃん、と呼ぶ姿を見て、私も名前を呼んでみたいと思ってしまったのだ。

きっともっと恋愛上手な人なら、自然な形で呼ぶことが出来るようになるはずなんだろうけど、私にはハードルが高かった。