やはり、飲食店でバイトをした経験があって良かったと思った。

ここ、クレールエールの従業員は、店長と私を合わせても7人。
店長は大体は厨房か、カウンターのところにいる。

厨房担当は店長の他に三木谷さんと、綾部さんがやっている。まだオーダーの時にしか見ないけど、三木谷さんはちょっとポッチャリした、これがシェフかって納得してしまうような人で、綾部さんはボーイッシュな雰囲気の人だ。

ウェイターは4人で、私と星くん、岡崎さんに、今日は来ていないらしい原田さんって人がいるらしい。

とまぁ、このように大変人数が少ないわけだ。もし私がこういうバイトが初めてだったら、私の教育係に任命されてしまった岡崎さんはまともに仕事が出来なかっただろう。



そんなことを考えながら仕事をしていたら、いつの間にか閉店の時間になっていた。普通のカフェなので、夜の9時には閉店になる。

そこで私は大事なことに気がついた。


私、今日一回も星くんと話してない!


本来の目的は星くんとお近づきになることだったのだ。バイトをするにしては随分と不純な動機だが、本当のことだから仕方がない。

少し虚しい気持ちになりながらも、店の片付けと帰りの準備をして、店を出ることにする。


「お疲れ様でした。お先に失礼します。」


店長さんがいるスタッフルームに顔を出し、声をかける。これは前のバイトの癖だ。


「あぁ、八柳さん。お疲れ様。どうだった?ここのバイト。」


店長さんは手帳のようなものをから顔をあげ、こちらに優しく問いかける。


「とても楽しいです。みなさんいろいろ教えてくださいますし、お客様もみなさんいい人たちで、雰囲気がいいと言うか…接していてとても心地いいです。」


本心から思ったことを言った。わからないところなど岡崎さんに聞いたらすぐにわかり易く教えてくれたし、厨房のほうでも励ましの言葉をもらったりした。お客さんも常連さんが多いみたいで、私が新しくバイトに入ったことがわかると、頑張ってねと声をかけてくださる人も多かった。


「そうか、よかった。僕が店長の店にしては、とてもいい人たちが集まってくれたと思うよ。これから帰りだろう?家はどこだい?」


店長さんに自信がないのか、それとも謙遜なのかはわからないけど、そんなことは決してないと思う。それは、常連さんと接していてよくわかった。


「店長さんの人柄のおかげだと思います。えっと、東町です。ここからだと、徒歩で20分くらいでしょうか?」

「なら、雅都、送ってあげなさい」

「え?」


店長さんは私の後ろを見て言う。ゆっくり振り向くと、そこには星くんが帰りの準備をしていた。真面目にびっくりした。いつからそこにいたんだろう。


「了解。」


星くんがあっさりと了承してしまうものだから、私はさらに驚いてしまった。と同時に、星くんから20分以上時間を奪ってしまうということに思い至った。


「い、いいです!大丈夫だよ。時間がもったいないし、私一人でも帰れるから」

「遠慮しないでいいよ。久しぶりに透也さんにも会いたいし」


透也とは私の2歳上の兄だ。星くん経由で交流があるということは知ってた。兄がベースをやってるバンドに星くんがギターで入っているそうだ。
それにしても、送ってもらっていいんだろうか…。でも、ここで断ってしまうのは逆に失礼な気もするし…。


「なら、お願いします」


結局私は星くんの好意に甘えることになった。