「邑上せんせー、神林せんせーが呼んでまーす」

 やっと昼休みだと食事前に喫煙所で一息ついていた亮介に、事務の女子職員が声を掛けた。

 神林という名前に、思わず眉間に皺が寄る。

 やべぇ。また何かやったか、俺……。

 神林は業務課長であり、事務方の仕事を取りまとめる役職を担っている。

 業務内容は主に教習生の教習進行に係るものであり、こうして教習業務に携わる指導員を呼び出すにはそれ相応の訳がある。

「むらっちゃん、また何かやったの」

 一緒にタバコをふかしていた佐伯が、ニヤニヤと面白そうに笑う。

 『また』と言われるのにはもちろん理由があり、亮介もうんざりするほど自覚している所であった。

 「アンケートかなぁ……」

 いの一番に思い当たる事を口にすると、佐伯が憚らず笑い声を上げた。

「熱いからなぁ、むらっちゃんは」

 アンケートとは、教習内容の質についての質問が羅列されているものである。

 狭山自動車学校においては、教習生が卒業する際に配布し、卒業証明書の発行を待つ間に記入を促している。

 亮介はそのアンケートに、特に悪い方の評価で名前が上がることが多かった。

 それは、『怖い』という一点に尽きる。

 そのことで今までも何度か課長に呼び出されて注意を受けてきた。

 自分としては、どの教習生に対しても精一杯指導しているつもりだった。
 それが結果、『怖い』という評価に繋がってしまっている。

 その点に関して納得いかない部分はもちろんあるが、教習生を『お客様』と扱う自動車学校において、そのアンケートがクレームであることも理解している。

「行ってきなー? 昼飯食べ損ねちゃうかもよ」
「……他人事だと思って……」

 佐伯の軽薄な笑顔に恨めしそうな視線を向けてから、まだ半分も吸っていない煙草を灰皿に押し当てた。


「あー……。行きたくねぇなぁ……」

 足取り重く喫煙所を後にして、俯き加減でぶつぶつ呟きながら課長室までの順路を辿る。

 気分はまるで、友人たちとバカをやって職員室に呼び出される学生だ。

 あん時も足が重かったなぁと溜め息を吐きながらロビーを抜ける。


 俺は、なにも怖くなりたくてなってる訳じゃないんだ。
 きちんと伝えたい事がある。伝えなきゃいけない事がある。


 ――それだけ、なのに。


 どうにも今日は朝から悶々とさせられる。くそ、俺だって。

 そんな事を考えている間に、課長室はあっと言う間に目の前に迫っていた。

 いかんいかん、と気持ちをリセットするべく深呼吸を一つ。そして、腹を決めてドアをノックした。