「……分かってるよ。そんなことは」

 目を伏せて小さく反論を返し、神林はエスプレッソを一口、口へ運んだ。



***



 どうしたものだろうか。

 佐伯は路上教習の車中でにこにこと笑顔を作りながら考えあぐねていた。

 今担当している教習生は、1段階をかなりオーバーしている所謂『大物』と呼ばれる教習生だ。
 しかし、出始めこそエンストしたものの、教習20分を越えた現時点で特に目立ったような失敗が無いのである。

 正直なところ、もっと運転に不安定さがあるのではないかと考えていた。
 いや、厳密に言えば不安定ではあるのだが、予想を遥かに下回っていたのだ。

 気になる点と言えば、どうやらこの教習生は――

「榛名さん、もしかして運転するの怖い?」

 中継ポイントで停めた車中でそう尋ねると、詩の表情が一瞬ピンと張り詰めたのが見て取れた。
 が、返って来た言葉はその表情とは逆のもので、

「怖いとかは、ないです……ほんとに……」

 と、頼りなげな声音で顔を俯かせる。

 強がりなのか答えたくないのか判断し兼ねた結果、佐伯は「そっか」と明るく答えてその質問は終わりにした。

「それじゃ、もっと視線を色んなところへ移して運転してみよう。周りの状況は常に変化してるから――」

 アドバイスをしながら、佐伯は詩の挙動を一つ一つ観察している。

 きっと、この子は運転が怖いのだろう。
 何がそうさせているのかは解らないが、運転中の緊張状態や極度に他車への接近を嫌がる素振りからすると、そう考えられた。

 けれど、こんなとき自分はどうしようもなく無力だ。
 『運転を好きになる』方法を示してやることが出来ない。