エスプレッソを飲みつつ切り出した山河の神妙な声音に何かを察知したのか、神林は片手をひらひらと振りながら制止した。

「もう、ほんっと変なとこ聡いんですから!」
「僕だってね、怒りたくて怒ってる訳じゃないんだよ」

 どうやら話は亮介のことらしい。
 はたから聞いていれば何のことやらさっぱりであるが、神林と山河はかれこれもう20数年の付き合いになる。
 実は検定員の資格を取得したのも同時期らしく、同僚としては厳しい試験を互いに乗り越えた戦友でもあり、旧知の仲なのだ。
 今となっては片や課長、片や検定員止まりとなっているが、この道30年という神林が検定員を取得したのが少々遅かった割に課長に就いているのは、恐らく年齢と男女の差なのだろう。

「怒りたくて怒ってるんじゃないっていうのは分かりますよ」

 コーヒーカップをカタリと置いて、山河は教習コースの光景に目を向けた。

「でも、ダメですよ」
「……何が?」
「昔の自分と重ねちゃダメですよ。邑上は、邑上であって『神林さん』ではないんですから」

 山河の目には、随分昔、まだ今の教習コースに造り変えられる前のコースが映されていた。
 今より幾分か若い神林や山河が、角ばった古い教習車に乗って熱心に教習生にあれこれ指導してる。

 景色は昔のおんぼろな指導員室に移り変わり、神林が当時の課長に物凄い剣幕で怒鳴られている様子が映し出された。
 そんな神林を、山河や他の職員たちがざわざわと遠巻きに見つめている。
 サイレント映画のように無音声でモノクロががったその光景は、神林の目にも容易に思い出されるものだった。

 ちょうど15年前の、明日の出来事である。