「弘也ぁ。俺、何やってんだろうなぁ……」
曇天は、当たり前に答えてなどくれない。
教習指導員という職業を甘く見ていたつもりは当然無い。
しかし、なってみてからのコレジャナイ感は半端なものではなかった。
出来る限り教習時限数は規定で仕上げろ。
免許は身分証になればそれでいい。
車には興味が無い。
便利に乗り回せればそれで。
だって自動車って、そういうものでしょう。
求めるものと、求められるものの差が激しすぎたのだ。
邑上は怖い、キツイ、五月蠅い、鬱陶しい。
自分が必死になればなるほど、その溝は深まるばかりだった。
「あー……こんなはずじゃなかったのになぁ……」
大きくため息を吐いた亮介の耳に、ふいに鉄製のドアが軋む音が聞こえてきた。
「ここだと思ったんだよねぇ。俺ってほんと天才」
声の主は佐伯だった。
台詞の軽さとは裏腹に、眉を少し下げて仕方のなさそうな笑顔を浮かべている。
心配して見に来てくれた事は明らかだった。
「……すんません。大丈夫っす」
起き上がって頭を下げる亮介に、佐伯が手を振って再び座るように促す。
「俺、昼飯まだなんだよねん」
手に持ったコンビニの袋を指さして、へらりと笑った。
「で? その様子だとけっこー絞られた?」
「うーん、まあ。でも、もっともだったんで」
隣に腰を下ろしながら訊ねられ、詳細は答えずにそう返す。
しばらく考えて、佐伯は「そっか」とだけ言って、何も聞かずにおにぎりを頬張った。
佐伯が教習生に人気があるのは、きっとこういう所なのだろうと考える。
見ていないようで見てくれている。
軽口を叩いているだけではないのだという事が、伝わっているのだろう。
そういえば、佐伯には指導員になった理由を話したことがあるが、佐伯が指導員になった理由は聞いたことはなかった。
この人は、どうして指導員になったのだろうか。
「……佐伯さん、なんで指導員になったんですか?」
「へ? モヘほうふぁっはふぁわ」
速攻の返答は、ほおばったおにぎりのせいで正確な言葉になっていない。
推測するに、「え? モテそうだったから」だが。
「ええー……」
やっぱりこの人はチャラついているだけなのかと半ばドン引きで肩の力が抜けた。
当の佐伯は、ごくりとペットボトルのお茶で米を流しこみ、いつものようにへらりと笑う。
「っていうのは流石に冗談で」
ほんとに冗談っすか?
と言いたい気持ちを飲み込んで、次の言葉を待つ。