「あー……。ほんと、何やってんだ俺……」

 校舎の屋上。

 亮介はコンクリートむき出しのそこに大の字に寝転んで、曇り始めた空を見つめていた。

 職員以外の立ち入りを禁止しているそこは、給水タンクが置かれているだけの殺風景な場所だ。

 職員以外と言っても、滅多に来る者の居ない屋上は、まだ肩身の狭い亮介にとって恰好の逃げ場所だった。


 28にもなって屋上でいじけてるって。ほんとに学生か、俺は。

 自分の情けなさに自嘲が漏れる。


 ――指導する立場の人間が、簡単に匙を投げるような対応はやめて下さい。


 神林の言葉が、胸を深くえぐっていた。


「解って、るんだよ。そんなことは……」

 呟いた亮介の脳裏に、3年前の夏の日が思い出される。


 忘れもしない。
 忘れられるはずもない。


 それは、亮介が指導員を強く志すきっかけとなった出来事だった。


 その日は猛暑日と呼ばれるような暑い夏の日だった。

 当時は弱小化粧品メーカーの営業で、汗だくになりながらオフィス街を歩いていたのを覚えている。

 そろそろ昼でも取ろうかと思いつつ信号待ちをしていると、ふいに携帯電話の着信が鳴りはじめた。

 表示されていた番号は、高校時代からの悪友とも呼べる親友の自宅の番号だった。

 夏の連休中に男連中とキャンプに行く約束をしていたので、きっとその事だろうと思った。


 自宅からかけてくるなんて珍しい。
 盆休みまでまだ少しあるが、早々に有給でも使ったのだろうか。


 さすが、大手ディーラーの営業は違うなと少しやっかみながら電話に出ると、掛けてきた相手は親友の母親だった。


 その声は、今でも耳にこびりついている。


「亮介君? お仕事中でしょうに、ごめんなさいね」

 どうかしたんですか、と尋ねると、聞こえてきたのは電話口でもわかるほどの涙声で。

「昨晩……弘也が、亡くなりました」

 ――は?


 そう、言ったのか言わなかったのか。

「帰宅途中に事故に遭って……」

 その後の会話は、ほとんど覚えていない。

 仕事も手につかず、気が付いたら帰宅していたほどに錯乱していた。

 弘也が死んだなど、葬儀に出ても尚、実感が沸かなかった。

 棺桶は閉められたまま、花は棺桶の上に手向け、最期の顔を確認することも出来なかった。

「ひどい事故でね。ちょっと、見せてあげられないのよ。ごめんなさいね、本当に……」

 憔悴しきった様子の母親は、そう言って何度も何度も頭を下げた。


 亮介君、一番仲が良かったのに、顔も見せてあげられなくてごめんね。

 お互い仕事で、忙しくてなかなか会えなかったでしょう。

 キャンプに行く約束、本当に楽しみにしていたのよ。

 それなのに、ごめんね。ごめんなさい。