指導員資格を得る際の試験で嫌というほど覚えた法律の内容が、亮介の脳裏を掠めた。
「あの、それで……?」
「いや、それでね。教習時限数が比較的伸びてる傾向にあるなんて言われちゃってね」
亮介の様子をそれとなく観察しながら、神林は穏やかに話し続ける。
「教習が伸びるってことは、指導がちゃんと出来てないって評価になっちゃうのよ、公安委員会的にね」
「……ああ……」
どうやら教習所の立ち行きに関わるほどの重大な話では無いようで、亮介はほっと胸を撫で下ろした。
考えてみれば、教習時限数が伸びているなどという理由で発禁なんて有り得ない話ではないか。
これは、もしかしたら少し面白がられたのかも知れない。
「それにさ。教習が遅れると、その分スケジュールも遅れるでしょう? ウチはスケジュール組んでる生徒さんも多いから、そうすると教習が回んなくなっちゃうでしょう」
神林の言い分に、亮介はなるほどなと内心でごちた。
つまり神林が言いたいのは、後がつかえるから回転を良くさせろ、という事だ。
乱暴な物言いではあるが、半ば経営陣に足を突っ込んでいる神林にとっては重大な事柄なのであろう。
――だけど。
それは運転技術の伴わない者を世に送り出せという事か。
「……以後、気を付けます」
思った事と口から出た言葉は真逆である。
しがない一指導員が課長相手に噛み付いたところで、得など一つも無いのだ。
「宜しくお願いね」
解ってくれてうれしいよ、と本当に思っているのか怪しい言葉を薄い笑顔で受け取る。
さっさと指導員室に戻ってしまおうと席を立とうとした亮介を、神林が呼び止めた。
まだ何かあるのか。
「これは別件なんだけど。一時限目に教習した男の子、覚えてる?」
言われ、あの大きな瞳のきょとん顔が思い出された。
やめてくれ。出来れば思い出したくない。
「その子の親御さんから、クレームが入ってね」
「……は?」
ちょっと待て。何をどうしたらクレームになるんだ。
あの子は、本当にどうにもお手上げで、運転センスの問題に等しいものが……。
訳が解らず見返した神林の笑顔の瞳が、より一層笑っていない。
なるほど、どうやら別件の方が本命だったらしい。
――くそ、この狸オヤジめ。
悪態は顔に出さずに、出来る限り真面目な面持ちで神林の顔を見つめる。
「親御さんがね、校舎のテラスから教習の様子を見ていたらしいんだよね。一時限目が終わったらすぐ受付まで来て、『どうしてウチの子だけ停まったままなんだ! 金返せ!』ってそれはもうすごい剣幕で」